はじめに
核酸を医薬品にする場合,その核酸の配列が患者の染色体に組み込まれる危険性が以前から懸念されています.更に,染色体に外来のDNA断片が挿入されることで,その細胞の癌化が生じる懸念があるわけです.
それでも,どうしてもその核酸関連の医薬品を使用しなければならいない場合もあります.これは,利益と効果の問題です.医薬品とはその利益と効果の天秤に乗っかっているのです.
2023年現在までに,2019から起きたCOVID-19の予防薬として核酸ワクチンが全世界的に使用されました.その結果,mRNA医薬品がCOVID-19の予防薬として成功を収めたことで,さらなる次のワクチンの開発に拍車がかかりました.例えば,インフルエンザやその他感染症のワクチンです.
ヒトの染色体に組み込まれるリスクが高いのは,核酸医薬のなかでもDNAの場合です.染色体はDNAでできているためです.
modernやpfizerが開発したCOVID-19ワクチンはmRNAですが,mRNAは体内での安定性が高くないため比較的すみやかに分解されます.そのため,mRNA自体による副作用は低いと考えられています.
それでも,mRNAはDNAに変換される反応経路が存在するためmRNA由来のDNA断片が細胞の染色体に挿入されてしまう可能性が考えられます.具体的には,RNAからDNAに変換する逆転写酵素の存在です.ある種の癌細胞では,この逆転写酵素を多く作るものもあるようです.そのような場合,RNAがDNAに変換されやすくなり,染色体へのDNA断片の挿入の可能性が無いとは言えないのです.
核酸関連の医薬品では,癌化のリスクが付きまといます.
ウイルスベクター
遺伝子治療用のウイルスべクター(非増殖性)は、ウイルスが細胞に感染する機構を利用して、組み換えた遺伝子を細胞内に導入できる
- レトロウイルス
- 染色体への組み込み : 有り(挿入変異)
- 構造
- エンベロープ
- カプシド
- ウイルスゲノム (1本鎖RNA、+鎖逆転写酵素)
- 野生型 : LTR – gag – pol – env – LRT
- 非増殖性 : LTR – promoter – 目的遺伝子 – LRT
- ウイルスゲノム (1本鎖RNA、+鎖逆転写酵素)
- カプシド
- エンベロープ
- アデノウイルス
- 染色体への組み込み : 低頻度
- その他の仲間
- ヘルペスウイルス
- ポックスウイルス
- 構造
- 20面体
- カプシド
- ウイルスゲノム (2本鎖DNA 36 kb)
- 野生型 : ITR – E1 – E3 – ITR
- 非増殖性 : ITR – プロモーター – 目的遺伝子 – ΔE1 – ΔE3 – ITR
- ウイルスゲノム (2本鎖DNA 36 kb)
- アデノ随伴ウイルス (AAV)
- 染色体への組み込み : 低頻度
- 構造
- カプシド
- ウイルスゲノム (1本鎖DNA 4.7kb)
- 野生型 : ITR – Rep – Cap – ITR
- AAVベクター : ITR – プロモーター – 目的遺伝子 -ITR
- ウイルスゲノム (1本鎖DNA 4.7kb)
- カプシド
- レンチウイルス
- レトロウイルス科に属する
- 粒子サイズ : 100 nm
- 染色体への組み込み : 有り(挿入変異の可能性、野生型HIVの病原性)
- 構造
- エンベロープ
- カプシド
- ウイルスゲノム (1本鎖RNA 8kb, 2本鎖DNAに変換する逆転写酵素を持つ)
- ウイルスゲノム (1本鎖RNA 8kb, 2本鎖DNAに変換する逆転写酵素を持つ)
- カプシド
- エンベロープ
- センダイウイルス
- 粒子サイズ : 150 ~ 250 nm
- 1本鎖・マイナスRNA (RNA型RNAベクター)
- 染色体への組み込み : 無し
- 構造
- エンベロープ
- カプシド
- ウイルスゲノム (15 kb)
- 野生型 : N – P/V/C – M – F – HN – L
- F遺伝子欠損型 : 目的遺伝子 – N – P/V/C – M – HN – L
- ウイルスゲノム (15 kb)
- カプシド
- エンベロープ
注) mRNAは、プラス鎖RNA。プラス鎖RNAウイルスには、ピコルナウイルス、フラビウイルス、トガウイルスがある。マイナス鎖RNAウイルスには、インフルエンザウイルス、アレナウイルス、ブンヤウイルス、ラブドウイルス、パラミクソウイルス、フィロウイルスがある。2重鎖RNAウイルスには、レオウイルス、ロタウイルスが代表的。
非ウイルス・ベクター
- プラスミド
- DNAをリポソームやポリマーで製剤にしたもの
- 染色体への組み込み : 低頻度
- 輪っか状
- 複製機転 → プロモーター → 目的遺伝子 → poly A付加シグナル → 洗濯マーカー遺伝子 →
- バクテリアベクター
- 遺伝子改変した細菌
ベクターの特徴まとめ
Vector | vivo | WT 病原性 | Integration to genome | mutation risk | duration | 重大事故 | |
AAV Vector | in | none | none | none | long | 腫瘍発生の報告はない | |
Adenovirus Vector | in | any | none | any | short | 免疫原性高い。1999年大量投与による死亡事故(米) | comercial |
Herpes Virus Vector | in | any | any | any | short | Zolgensma(AveXis), Luxturna,(Spark), Glybera(uniGure) | |
Plasmid Vector | in | n/a | none | none | short | Coteragen | |
Retrovirus Vector | in/ex | any | any | many | long | 白血病 | |
Lentivirus Vector | ex | any | any | many | long | Kimria |
参考文献
AAVの発見
Adenovirus-Associated Defective Virus Particles Robert W. Atchison1, Bruce C. Casto1, William McD. Hammon1 See all authors and affiliations Science 13 Aug 1965: Vol. 149, Issue 3685, pp. 754-755 DOI: 10.1126/science.149.3685.754
https://science.sciencemag.org/content/149/3685/754
AAV2全塩基配列
Nucleotide sequence and organization of the adeno-associated virus 2 genome. J Virol. 1983 Feb; 45(2): 555–564. PMCID: PMC256449PMID: 6300419, A Srivastava, E W Lusby, and K I BernsCopyright and License informationDisclaimer
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC256449/
AAV3全塩基配列
Nucleotide Sequencing and Generation of an Infectious Clone of Adeno-Associated Virus 3, Virology, Volume 221, Issue 1, 1 July 1996, Pages 208-217
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC256449/
血清型
Clades of Adeno-Associated Viruses Are Widely Disseminated in Human Tissues, J Virol. 2004 Jun; 78(12): 6381–6388. doi: 10.1128/JVI.78.12.6381-6388.2004PMCID: PMC416542PMID: 15163731
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC416542/
Achieving High-Yield Production of Functional AAV5 Gene Delivery Vectors via Fedbatch in an Insect Cell-One Baculovirus System. Molecular Therapy: Methods & Clinical Development Vol. 13 June 2019 Crown Copyright a 2019
https://www.cell.com/molecular-therapy-family/methods/pdf/S2329-0501(19)30020-8.pdf
遺伝子治療用製品の開発における国内と海外の規制動向 —5年間の進展—、2016.6.16, 国立薬品食品衛生研究所、遺伝子医薬部、内田恵理子
https://www.nihs.go.jp/mtgt/section-1/related%20materials/201606.pdf
「L-dopaをドパミンに変換する酵素AADCをコードする遺伝子導入による遺伝子治療」に関する文書。2006年
① 遺伝子治療の臨床試験において、3つのプラスミドの製造を受託している会社(CMO)、Avigen社およびGenzyme社について記載がある。いずれも厳密に品質管理していると記載がある。
https://www.nihs.go.jp/mtgt/section-1/related%20materials/201606.pdf
② Avigen社は、製造に使用するHEK293細胞のMaster Cell Bankを作成し品質管理は、専門の検査会社のBioReliance Corp. Rockville. MD, US)で実施されて安全性が確認されている。
③ 細胞の遺伝子型、表現型による安全性の確認では、細胞内酵素(lactate dehydrogenase, glucose-6-phosphate dehydrogenase, dehydrogenase, nucleoside phosphorylase)の電気泳動法による発言パターンの確認して、他種細胞の混入を否定している。安定している4から20世代数のMCBでのVector製造を実施している
④ アデノウイルスベクター全身投与された患者が死亡した例(1999, US)、レトロウイルスベクターを投与された免疫不全症患者が、白血病を発症した例の記載(2002-2005, FR)
遺伝子治療用ベクターの定義と適用範囲, 2013 – 国立医薬品食品衛生研究所 内田 恵理子 –
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000020310.pdf
2. センダイウイルスベクター : ベクター開発と医療・バイオ分野への応用 – ウイルス 第57巻 第1号, pp.29-36, 2007 –
http://jsv.umin.jp/journal/v57-1pdf/virus57-1_029-036.pdf
レンチウイルス基礎情報
https://www.jnss.org/others/virus_vector/Lenti.htm
RNAウイルス – wikipedia –
https://ja.wikipedia.org/wiki/RNAウイルス
第15章 ウイルスと病気
各種ウイルスの構造を理解できる(Mr.Harikiri)
http://jsv.umin.jp/microbiology/main_015.htm
編集履歴
2021/01/04 Mr. Harikiri 2023/03/25 追記(はじめに)
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