はじめに
バイオ医薬品のCMC資料を読んでいると、USPという略語が頻繁に出てきます。
ここでいうUSPは、多くの場合、Upstream Process、すなわち上流工程を意味します。
ただし、医薬品業界ではUSPという略語が別の意味で使われることもあります。代表例が**United States Pharmacopeia(米国薬局方)**です。そのため、CMC文書や技術移管資料では、文脈を見て「Upstream Process」なのか「米国薬局方」なのかを判断する必要があります。
本記事では、バイオ医薬品のCMCで使われるUSP=Upstream Processについて、DSP、Drug Substance、工程開発、製造管理との関係も含めて整理します。
USPとは:Upstream Processの意味
バイオ医薬品製造における**Upstream Process(USP)**とは、一般に、目的タンパク質や抗体などを産生するために、細胞や微生物を培養し、目的物を含む培養液または収穫液を得るまでの工程を指します。
典型的には、以下のような工程がUSPに含まれます。
| 区分 | 主な内容 |
|---|---|
| 細胞株・種細胞 | セルバンク、WCBの解凍、種培養 |
| 培地・フィード | 培地調製、フィード戦略、栄養制御 |
| 培養 | フラスコ、シードバイオリアクター、本培養バイオリアクター |
| 工程制御 | 温度、pH、DO、攪拌、通気、圧力、培養時間 |
| 収穫 | 細胞培養液の回収、ハーベスト、場合により清澄化前後の扱い |
EMAのバイオテクノロジー由来有効成分のプロセスバリデーションガイドラインでは、上流工程のバリデーションは、たとえばWCBの解凍から、定められた培養終了基準に基づく最終ハーベストの回収までの細胞培養ステップを対象にする、という趣旨で説明されています。

USPとDSPの違い
バイオ医薬品製造では、USPと対になる用語としてDSPがよく使われます。
DSPはDownstream Process、すなわち下流工程です。
簡単に言うと、USPは「作る工程」、DSPは「取り出して精製する工程」です。
| 用語 | 英語 | 日本語のイメージ | 主な目的 |
|---|---|---|---|
| USP | Upstream Process | 上流工程 | 細胞を増やし、目的物を産生させる |
| DSP | Downstream Process | 下流工程 | 目的物を回収・精製・濃縮する |
たとえば抗体医薬品では、USPでCHO細胞などを培養して抗体を産生させ、DSPでProtein Aクロマトグラフィー、ウイルス不活化、イオン交換、UF/DF、ウイルス除去ろ過などを組み合わせて原薬を得ます。
つまり、USPとDSPは別々の工程名ではありますが、製品品質の観点では密接に連動しています。USPで得られるハーベストの品質、宿主細胞由来タンパク質、宿主細胞DNA、細胞破砕物、培地成分、凝集体傾向などは、DSPの負荷や精製設計に大きく影響します。
CMCでUSPが重要になる理由
CMCでは、製品の品質を一貫して確保できる製造方法であることを示す必要があります。
USPは単なる培養操作ではなく、製品品質を作り込む工程です。
特にバイオ医薬品では、低分子医薬品のように化学反応だけで目的物を作るのではなく、生きた細胞や微生物を利用します。そのため、培養条件のわずかな違いが、目的タンパク質の量だけでなく、糖鎖、電荷バリアント、凝集体、切断体、不純物プロファイルなどに影響する可能性があります。
CMCでUSPが重視される理由は、主に以下です。
| 観点 | USPで重要になる理由 |
|---|---|
| 収量 | 細胞増殖、発現量、培養期間により生産性が変わる |
| 品質特性 | 糖鎖、電荷バリアント、凝集体などに影響し得る |
| 不純物 | HCP、HCDNA、培地由来成分、細胞破砕物が変動する |
| 安全性 | 外来性ウイルス、微生物汚染、細胞基材管理が重要 |
| スケールアップ | 小スケールの結果が商用スケールで再現できるかが課題 |
| バリデーション | 工程が意図した通りに再現性よく機能することが求められる |
ICH Q5A(R2)は、ヒトまたは動物細胞株由来のバイオテクノロジー応用医薬品等について、ウイルス安全性の評価、試験、ウイルスクリアランスの考え方を扱うガイドラインです。USPでは細胞基材、培地、原材料、培養工程そのものがウイルス安全性評価と関係します。
USPに含まれる代表的な工程
USPは製品や製造方式によって異なりますが、抗体医薬品や組換えタンパク質では、一般に次のような流れになります。
1. セルバンクの解凍
製造は、多くの場合、Working Cell Bank、すなわちWCBの解凍から始まります。
WCBは、製造に使用する細胞の出発点です。WCBの管理状態、解凍条件、初期生存率、増殖性は、その後の培養工程全体に影響します。
2. 種培養・シードトレイン
解凍した細胞を段階的に増やし、最終的に本培養バイオリアクターへ接種できる量まで拡大します。
この段階では、細胞密度、生存率、倍加時間、培地交換、継代数、培養期間などが重要です。
3. 本培養
本培養では、バイオリアクター内で細胞に目的タンパク質を産生させます。
主な管理項目には、以下があります。
| 管理項目 | 例 |
|---|---|
| 温度 | 37℃付近、温度シフトなど |
| pH | CO₂、塩基添加などによる制御 |
| DO | 溶存酸素濃度 |
| 攪拌 | 細胞へのせん断影響、混合性 |
| 通気 | 酸素供給、CO₂除去 |
| フィード | グルコース、アミノ酸、その他栄養成分 |
| 培養期間 | 生産性と品質のバランス |
| 細胞状態 | 生細胞密度、生存率、代謝物 |
これらは単なる運転条件ではなく、製品品質に影響し得る工程パラメータです。
4. ハーベスト
培養終了後、目的物を含む培養液を回収します。
抗体医薬品など分泌型タンパク質では、目的物は主に培養上清中に存在します。一方、細胞内発現型の製品では、細胞回収や破砕操作が必要になる場合があります。
ハーベスト液はDSPへの入力となるため、USPとDSPの境界に位置する重要な工程です。
USP開発で検討される主な項目
USP開発では、単に「よく増える培養条件」を探すだけでは不十分です。
CMCの観点では、生産性、品質、再現性、スケールアップ性、管理可能性を同時に考える必要があります。
| 検討項目 | 内容 |
|---|---|
| 培地検討 | 基礎培地、フィード培地、成分濃度 |
| フィード戦略 | バッチ、フェドバッチ、連続添加 |
| 培養モード | バッチ、フェドバッチ、灌流培養 |
| 温度シフト | 生産性や品質への影響 |
| pH・DO条件 | 細胞増殖、代謝、品質への影響 |
| 接種密度 | 初期細胞密度の最適化 |
| 培養期間 | 収量と品質劣化のバランス |
| スケールアップ | 小スケールから商用スケールへの移行 |
| CPP候補 | 重要工程パラメータの特定 |
| CQAとの関係 | 重要品質特性への影響評価 |
特にCMC資料では、USPの条件がどのように設定され、その条件が製品品質にどのように関係しているかを説明できることが重要です。
USPとCQA・CPPの関係
CMCでは、CQAとCPPという用語も頻繁に出てきます。
| 用語 | 英語 | 意味 |
|---|---|---|
| CQA | Critical Quality Attribute | 重要品質特性 |
| CPP | Critical Process Parameter | 重要工程パラメータ |
USPでは、培養条件がCQAに影響する可能性があります。
たとえば、以下のような関係が考えられます。
| USP側の要素 | 影響し得る品質特性 |
|---|---|
| 培養温度 | 糖鎖、凝集体、発現量 |
| pH | 電荷バリアント、細胞代謝 |
| DO | 細胞増殖、代謝物、不純物 |
| 培養期間 | 分解物、凝集体、HCP |
| フィード条件 | 糖鎖、収量、代謝物 |
| 細胞生存率 | HCP、HCDNA、細胞由来不純物 |
もちろん、どのパラメータが本当にCPPになるかは、製品、細胞株、工程、品質特性、リスク評価、実験データによって決まります。
そのため、USP開発ではDoE、スケールダウンモデル、工程特性解析、PPQ前のリスク評価などが重要になります。
USPとプロセスバリデーション
商用製造を見据えたCMCでは、USPが再現性よく機能することを示す必要があります。
EMAのバイオテクノロジー由来有効成分に関するプロセスバリデーションガイドラインでは、上流工程について、細胞培養ステップが意図した通りに機能することを評価・検証するという考え方が示されています。
USPのプロセスバリデーションでは、たとえば以下が論点になります。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| スケールダウンモデル | 商用スケールを適切に代表できるか |
| 工程パラメータ | 設定範囲、許容範囲、管理戦略 |
| ハーベスト基準 | 培養終了時点の判断基準 |
| 工程内試験 | 細胞密度、生存率、代謝物、目的物濃度 |
| 汚染管理 | バイオバーデン、マイコプラズマ、ウイルス安全性 |
| 一貫性 | ロット間で同等の品質・収量が得られるか |
USPは生物学的な変動を含むため、「設定値どおりに運転した」だけではなく、工程の変動が品質へ与える影響を理解しておくことが重要です。
USPと技術移管
バイオ医薬品では、開発施設から製造施設、あるいはCDMOへ工程を移管する場面が多くあります。
このとき、USPの技術移管では、単に培養条件表を渡すだけでは不十分です。
移管で重要になるのは、以下のような情報です。
| 項目 | 技術移管で必要な情報 |
|---|---|
| 細胞 | セルバンク情報、解凍条件、継代履歴 |
| 培地 | 組成、調製方法、保管条件、使用期限 |
| 培養装置 | バイオリアクター仕様、スケール、センサー |
| 操作条件 | 温度、pH、DO、攪拌、通気、フィード |
| サンプリング | タイミング、試験項目、判定基準 |
| ハーベスト | 終了基準、回収条件、保持条件 |
| 逸脱対応 | 細胞増殖不良、pH逸脱、DO低下、汚染疑い |
特にバイオリアクターは、メーカーやスケールが変わると、同じ攪拌rpmでも混合状態やせん断環境が変わる可能性があります。そのため、単純な数値移管ではなく、工程の意味を理解した移管が必要です。
USPという略語の注意点
CMC文書でUSPと書かれていても、必ずUpstream Processを意味するとは限りません。
医薬品分野では、USPは**United States Pharmacopeia(米国薬局方)**を指すことも非常に多いです。
| 略語 | 意味 | 主な文脈 |
|---|---|---|
| USP | Upstream Process | バイオ医薬品製造、CMC、工程開発 |
| USP | United States Pharmacopeia | 薬局方、規格試験、一般試験法 |
たとえば、「USP method」「USP chapter」「USP <85>」のような表現であれば、通常は米国薬局方を意味します。
一方、「USP development」「USP/DSP」「upstream process」「cell culture process」といった文脈では、Upstream Processを意味する可能性が高いです。
CMC資料でのUSPの書き方
CMC資料では、USPについて次のような情報が求められます。
| 記載項目 | 内容 |
|---|---|
| 工程概要 | WCB解凍からハーベストまでの流れ |
| 工程フロー | シード培養、本培養、ハーベスト |
| 原材料 | 培地、フィード、添加物、ガス |
| 装置 | バイオリアクター、バッグ、センサー |
| 工程パラメータ | 温度、pH、DO、攪拌、通気、培養期間 |
| 工程内管理 | 細胞密度、生存率、代謝物、目的物濃度 |
| 重要管理点 | CPP候補、CQAとの関係 |
| バリデーション | スケールダウン、PPQ、工程性能 |
| 変更管理 | スケール変更、培地変更、装置変更 |
特に承認申請や技術移管では、USPを「操作手順」として説明するだけでなく、なぜその条件で管理するのかを説明できることが重要です。
USPを理解するための実務的な見方
USPを理解するには、工程を次の3つの視点で見ると整理しやすくなります。
1. 細胞を増やす工程
まず、細胞が健全に増殖することが必要です。
細胞密度、生存率、倍加時間、代謝状態などが基本的な指標になります。
2. 目的物を作らせる工程
次に、細胞に目的タンパク質を産生させます。
この段階では、収量だけでなく、糖鎖、電荷バリアント、凝集体などの品質特性が重要になります。
3. DSPに渡せる状態にする工程
最後に、培養液をハーベストし、DSPへ渡します。
DSPにとって扱いやすいハーベストであるか、細胞由来不純物が多すぎないか、保持時間中に品質劣化が起きないかなどが重要です。
まとめ
USPとは、バイオ医薬品のCMCで頻繁に使われるUpstream Processの略語です。
一般には、WCBの解凍から種培養、本培養、ハーベストまでの上流工程を指します。
USPは単に細胞を培養する工程ではありません。製品品質、収量、不純物、安全性、スケールアップ、プロセスバリデーションに直結する、CMC上きわめて重要な工程です。
特にバイオ医薬品では、USPでの培養条件が、目的物の品質やDSPへの負荷に大きく影響します。そのため、USPを理解することは、バイオ医薬品のCMCを理解するための基本になります。
一方で、医薬品分野ではUSPが米国薬局方を意味する場合もあります。CMC文書を読むときは、USPがUpstream Processなのか、United States Pharmacopeiaなのかを文脈で判断することが重要です。
用語集
| 用語 | 読み方 | 意味 |
|---|---|---|
| USP | ユーエスピー | Upstream Process。バイオ医薬品の上流工程。ただし米国薬局方を意味する場合もある |
| Upstream Process | アップストリームプロセス | 細胞培養などにより目的物を産生させ、ハーベストを得るまでの工程 |
| DSP | ディーエスピー | Downstream Process。目的物を回収・精製する下流工程 |
| CMC | シーエムシー | Chemistry, Manufacturing and Controls。品質、製造、管理に関する開発・申請領域 |
| WCB | ダブリューシービー | Working Cell Bank。製造に使う作業用セルバンク |
| MCB | エムシービー | Master Cell Bank。WCBの元になる親セルバンク |
| Cell Culture | セルカルチャー | 細胞培養 |
| Bioreactor | バイオリアクター | 細胞や微生物を培養する装置 |
| Harvest | ハーベスト | 培養後に目的物を含む液を回収する工程または回収液 |
| Fed-batch | フェドバッチ | 培養中に栄養成分を追加しながら行う培養方式 |
| Perfusion Culture | 灌流培養 | 培地を連続的に供給・排出しながら行う培養方式 |
| CQA | シーキューエー | Critical Quality Attribute。重要品質特性 |
| CPP | シーピーピー | Critical Process Parameter。重要工程パラメータ |
| HCP | エイチシーピー | Host Cell Protein。宿主細胞由来タンパク質 |
| HCDNA | エイチシーディーエヌエー | Host Cell DNA。宿主細胞由来DNA |
| PPQ | ピーピーキュー | Process Performance Qualification。工程性能適格性評価 |
| Scale-down Model | スケールダウンモデル | 商用スケール工程を小スケールで代表するモデル |
| Technology Transfer | 技術移管 | 開発施設から製造施設、またはCDMOなどへ工程を移す活動 |
参考文献・出典
- EMA Guideline on process validation for the manufacture of biotechnology-derived active substances and data to be provided in the regulatory submission
- PMDA ICH-Q5 生物薬品の品質
- ICH Q5A(R2) Guideline on viral safety evaluation of biotechnology products derived from cell lines of human or animal origin
- FDA ICH Q13 Continuous Manufacturing of Drug Substances and Drug Products
- Bioprocess International: Technology Transfer for Outsourced Programs — Upstream Considerations
【注意点・例外】
USPは、CMC文脈ではUpstream Processを意味することが多いですが、医薬品全般ではUnited States Pharmacopeiaを意味する場合もあります。略語だけで判断せず、周辺語句を確認する必要があります。規制当局提出資料や承認申請資料での記載方針は、製品特性や申請地域により異なるため、最終判断にはCMC薬事・品質保証の専門家に確認が必要です。
【確実性: 高】
2022/11/14 Mr.Harikir
2026/05/23 更新
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